凍える夜の洗濯が変えた人生 恐怖に泣く妹守る(馬 英華氏の経営者ブログ)

(馬 英華氏の経営者ブログ 2016年7月29日版)

東京エレベーター馬英華と妹の写真男尊女卑の考えを持つ両親の元に生まれ、5歳くらいから家事ばかりさせられてきました。疑問だったのは「なぜお母さんは、弟に対しては何も言わないのだろう」ということでした。

彼は寝ていても何も言われない。一方、私はありとあらゆる家事を厳命され、時間ごとに細かくやることを決められ、母の言われた通りに終わらせていないと責められ、たたかれる。弟は男で、私は女だからだとは、うっすらわかっていました。ですが差別や区別、平等という言葉も知らず、自分が感じていたその悔しさをうまく表現できませんでした。なぜ境遇が違うのだろうとばかり考えていました。

思えば、私は唯々諾々と母の言うことに従っていました。おとなしかったうえ、実務能力があったので、山とある家事の数々も、どうにかこなしていたからです。

そんな私や家族のありようをよく見ていたのが5歳下の妹・小秋(シャオチュウ)でした。生まれたときからおしめを替えたり、食事の世話をしたり、妹の面倒すべてを見てきた私を、彼女は本当の「母」として慕っていました。その私に対し、声を荒らげたり、頭をたたいたりしていた母には、妹はなつきませんでした。

家事のため忙しく立ち働く私の周りを、小秋がいつもちょこちょこ追いかけてきたものです。少し大きくなると、「姐姐、姐姐(お姉ちゃん、お姉ちゃん)」と言って小さい体で私を手伝おうとしてくれました。一番下だけに、両親や上のきょうだいをよく観察していたのです。妹とは、とても仲良しでした(もちろん今もです)。母が私につらくあたればあたるほど、妹が私を唯一理解してくれる、身近な存在になりました。

今でも妹と会うと、あのときのことを思い出します。

■トラックのライトを頼りに

川までは舗装されていない土の道路で、街灯がないため真っ暗でした。住宅が立ち並んでいますが、日本の住宅地のように密集していません。道路と家は接近しておらず、道に面しているのは家々の前庭です。前庭から引っ込んだところに家があり、その奥には菜園が広がっていました。菜園には野犬がいたりして、夜になると遠ぼえするのです。私はこの声が怖くて嫌いでした。

真っ暗な夜道を、川めがけてとぼとぼ歩きました。そう遠くはないですが、子供の足ですし、何しろ金だらい自体も重いですし、そのなかにぬれた衣類をたくさん入れているので1時間ほどかかったのではないでしょうか。妹は私の服のすそを握り、彼女なりに一生懸命歩いてくれました。暗い道も怖かったのですが、姿の見えない野犬はより恐怖で、そのうなり声や遠ぼえには身の毛もよだちました。今見るようなペットの犬とまったく違い、人を襲うほどどう猛なのです。

さらさらと流れる川の水の音が聞こえてきました。闇に沈む洗い場の景色は昼間と違って見えました。いつもの場所から移動して、橋のかかっている場所で洗濯しようと見定めました。橋のななめ下は風よけになって少しあたたかいからです。真っ暗ななか、手で確かめながら服を洗い始めました。懐中電灯を持ってくればよかったのですが(家にあったはず)、母のけんまくに気押されて考えつきませんでした。

なんと水の冷たいこと、そして北風の寒いこと。2度も怒られたくないので必死に洗うのですが、襟はかたくて洗うのが容易ではないうえ、暗いので汚れが落ちているのかわかりません。とても助かったのが、たまに通りかかるトラックです。

「来る!」とわかると服を引き上げ、少し掲げもつようにかざし、前方から来るライトをあてにして襟や袖の汚れが落ちているか、素早くチェックするのです。でも黄砂が舞い上がり光を弱め、膜がかかったようで鮮明には見えません。目を皿のようにして見るのですが、数秒で通り過ぎるため、多くの服を見るのは不可能でした。「ああ、行っちゃった……」とため息をつきながら、次に通りかかるトラックを心待ちに、洗濯に戻ったものです。

服を絞るのにまた難儀しました。寒いので、子供の力だと、ごわごわした父の上着などがきっちり絞れないのです。服の一部を力の限り絞った後、げんこつ分移動し、隣の部分を絞るということを繰り返しました。

洗濯と脱水で奮闘し、汗ばむくらいの私と反対に、横で待っている妹は凍えて寒くなります。我慢も限界、ぐずりだします。

「お姉ちゃん、まだ~?」「ちょっと待ってて、小秋。もう少しだよ」「わーん。寒いよー、怖いよー」

暗い川辺、誤って川に落ちたり、とことこと遠くに行ってしまったりしたら野犬の餌食になりかねません。「寒いからそこでジャンプしていなさい。ジャンプしたら体があったまるから」

――私はお姉さん。もう大人。妹を守らなければ。遠くに行かせてはだめ。眠くなっても大変――

妹をなだめすかし、トラックが来ると洗濯物の襟や袖をチェックし、行ってしまうと洗濯に戻る。暗くて怖いのでこのサイクルを自分なりにうんと早めて取り組みました。トラックがいつ来るかは運任せでしたが……。

永遠とも思える長い時間がたち、洗濯をやっと終わらせて帰途につきます。今考えると夜10時とか11時くらいでしょうか。しんしんと冷える真っ暗な道を、野犬が辺りから飛び出してこないかおびえながら、怖くて、寒くて、二人で競うようにわんわん泣きながら帰ります。

つらさに輪をかけたのが、水分をたっぷり含んだ服でした。行きよりも数倍重たいのです。妹にも時折、金だらいの端を持ってもらいました。二人で、よっこらしょ、よっこらしょという感じでよたよたしながら歩きます。

やっとの思いで家に着くと、静まりかえっていました。母は寝ていました。なんだかさみしい思いが半分、でも寝ていてくれてよかったと安堵する気持ちが半分でした。もし母が起きていて、洗濯物を調べてそれが再度不合格だったらどういう騒ぎになるかわかりませんし、またののしられるのがいやだったので、ホッとしました。妹も私も疲れ果て、涙もふかず、布団の中にすぐ潜り込みました。

■「大きな世界に行く」、星空へ誓う

闇に沈む川のせせらぎ、犬の遠ぼえ、トラックの光が照らす、黄砂に包まれたぼんやりとした川辺の風景……。夜の洗濯は数度経験しましたが、強烈な印象で、今になっても忘れることができません。

自分を守ってくれるべき母から理不尽なことを命令され、いやだと思っても服従しなければならない無力感。彼女の満足できない結果だと「また怒られる、なぐられる」と常におびえる不安感。姉として妹をこんな目に遭わせてしまったという罪悪感と、だからこそ彼女を守らねばという使命感。そして、寝転がっている弟を横目に、来る日も来る日もこなさねばならない家事の山。私のなかで、これらがないまぜになって、対応するすべもなく打ち負かされていました。

私は、だれよりも早く大人になることを強いられました。近所の子供のように、友達同士で遊ぶひまなど、まるでありませんでした。おもちゃなども親から与えられた記憶はありません。自分がなぜこの母の元に生まれてきたのか、なぜこのような境遇に置かれているのか、どうやって生きていこうか、繰り返し、自問するようになりました。

夕飯の後片付けをするのも私の仕事でした。お皿をすべて洗った後、ようやく今日の仕事が終わったとホッとしてからが自分の時間です。私のお気に入りの場所は庭でした。家族がそろそろ眠りにつこうというころ、庭に出て、お気に入りの石垣脇の隅っこに座って夜空を見上げたものです。

私の頭上には、またたく星がありました。何か大きな世界がどこかにあると感じました。この先、どういう人生があるんだろう。母の罵声が思い出されました。私はこの境遇のままでは生きられないと思いました。我慢にも限度があります。このままでは死んでしまう。何とか生きる方法を見つけなければならない。この生活からどうにかして脱出したいと、切に願いました。

大きな世界がどういうものか、わからない。でもどこかに、自分がいられる場所があるはず。この田舎から、そこを目指してなんとしても行ってみたい。だれも私を守ってくれなければ、自力で。

その大きな世界に行く方法としては――。小さな私が考えに考えを重ね、たどりついた答えが「学校にきちんと行って勉強する」。唯一生き残れる方法は勉強しかない。しがみついてでも、勉強して進学すれば、大きな世界へ行かれる。そう結論づけました。学校へ行くことを、私の人生の航路にしました。いわば、生死をかけたのです。

◇     ◇

川での夜の洗濯は、私の人生を変えました。これ以降、私は、「大きな世界」を目標にひたと勉強にまい進するようになりました。妹は小さかった分、よほど怖かったのでしょう、この夜の出来事は彼女に大きな影を落としました。それゆえ引っ込み思案の部分を持つようになりました。

私と妹は今でも、この話をして抱き合って涙を流すことがあります。「お姉ちゃん、かわいそうだった。なぜお姉ちゃんばかり怒られるの。お母さんのこと、許せない」と妹は言います。彼女自身母親になり、母が私に洗濯に行かせたことが余計に理解できず、許せないそうです。

私にも、わかりません。単に洗濯物がきれいになっていなければ、翌日の昼間に行かせてもいいのです。庭の土に投げつけて、さらに服を汚してしまうようなことを母がしたのはなぜなのか……。

やがて中学生になり、必死になって勉強していた私に絶体絶命のピンチが襲います。この話は次回に。

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